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スピリチュアルとか、絵とか、音楽とか、ゲームとかの話。基本的に作る人視点。マニア向け。

死後の世界に行ったとき役に立つかもしれない話

前ふり。

 

このあいだ霊界に行った。

霊界のどの辺なのかはわからない。

 

地球の風景に似ているといえば似ているのだが、全体的に明るい金色?に光り輝いていてまぶしい。

露出を失敗して明るくなってしまった写真のような、まぶしい世界が、物理的視覚ではなく、思念的な知覚全体に広がっている。

ただし、その風景は、白くて見えないというわけではなく、光の中に確実に形状が実在している。

色彩が地上のものと違うので表現しづらい。

 

脳を使っているという感覚はなく、思念を用いての空間移動。

そこでは食べる必要も寝る必要もなく、お金も地位もなく、自分を飾る必要もない。肉体がないので疲労がない。

自然と心から満たされた気持ちになった。

付き添いとなる魂はおそらくおらず、一人で色んな場所に行った。

 

その間、現実の肉体は寝ていたようだ。

起きたとき、私はベッドシーツに大量のクレヨンを撒き散らしていた。

そこで、結構ディープに気を失っていたのだと気づいた。

 

「現実に行こう!」と思うと、意識が振動しながら物質である頭にゆっくりと戻っていく。

「霊界に行こう!」と思うと、また振動しながら意識が白く白く上っていき、肉体を忘れる。

意識が上っていくあいだ、さまざまなレイヤー(層)を越えているような感覚がある。

 

そしてどんどん風景が見えるのだが、これがまた現実の言葉で形容しづらい。

思念で操作できる、ピカピカしたパステルカラーのVR空間みたいなところだろうか?

ただ、パステルカラーというのもちょっと違うのだ。うーむ。

 

不思議なことに、霊界にいるときは地球の記憶がなく、地球にいるときは霊界のことを思い出しづらい。

これは、夢の中で現実のことを思い出せなかったり、現実で夢を思い出せなかったりという感覚と似ている。

 

不思議な体験だった。

 

その日は丸1日ほど、肉体の感覚がなく、現実の肉体で歩いたりしても無重力のようにふわふわしており、「???」となった。

普通、生活している間、無意識に体に力が入っていたりする。

しかし、この状態になると、意識していない部分は、まるで眠っているように完全に力が抜け、全く眠くないのにうとうとと気を失いそうな感覚が不思議だった。

 

魂を集中させないと何もできないので、キーボードでタイピングをしたり、誤字がないか読み返したりということをすることが結構難しかった。

地球の文明機器を使うことを、かなり難しく感じた。

(あれは脳が覚えていてくれているからできるのだと気づいた)

 

あと、「自己とはただの連続性である」という情報が強く入ってきた。

本当は、自分が自分だと思っているものは、ただの記憶の連続なのかもしれない……。

 

 

別にこの話を信じるか信じないかはどうでもいい。(大して重要じゃないし)

ここまでが前ふりで、ここからが伝えたい話。

 

 

この一件から、「あの世」というものの仕組みが個人的に気になって、さまざまな霊訓を読み直していた。

「霊訓」っていうのはようするに、歴代の有名なチャネリング内容を記した書物だ。

 

大変面白い書物だが、すべてが無条件に信じられるものだというわけではないので、情報の選び方には注意してほしい。

海外のものである場合が多く、私はとくにシルバーバーチがわかりやすくて好きだ。

 

そういった霊訓の中で、通信を送ってくる霊たちが、一貫して困っていることがある。

気になるのは特にこのふたつ。

 

・死んだばかりの魂が霊的なことに無知な場合、あの世の生活に馴染ませるための調整をするのに時間がかかる

・宗教の信者が、教祖を崇めるばかりで、当人の生き方を真似しようとしない

 

どうも、摂理としては、本当に死ぬべきときには、自然な寿命が訪れるそうだ。

しかし、戦争や自殺・他殺などで準備のできていないまま死ぬ魂というのがある。

そういう魂に対して、霊界での生活の仕方を教えるのが非常に大変らしい。

戦争の場合は、あまりにもそういう霊が一気にたくさん霊界に送られてくるので、霊界のことを教える仕事をしている霊たちはとても大変なようだ。

 

他にも準備のできていない霊について語られていた。

 

例えば、後悔の念を抱いたまま死んだりすると、魂が救いを拒否してしまって、「お迎え」を跳ね除けたりとか。

例えば、信仰していた宗教で教えられているあの世と全く違っていることが受け付けなかったりだとか。

例えば、死後の世界を受け入れられなかったりとか。

 

地球で覚えた地球用のルールにこだわりが強い魂は、あの世のルールに全く馴染めなかったりする。

そういう場合、何年か歳月をかけての訓練となるらしい。

 

 

現実で、「もう年だから……」というような話をよく聞く。

 

しかし、どうせ霊界に行ったら、自分が至らないと思った部分は直すことになるのだ。

「直すことになる」というか……生活しているうちに、自然と成長したいと思うもの、らしい。

自分が地球でどのような人生を歩んだかを見直したり、好きなことをやる生活に飽きたりするうちに、変わりたいと思うのだそうだ。

 

それと、霊界に行くと、誰もが自分の能力を覚醒させられるらしいぞ!

もし地上で夢を叶えられなくても、霊界では好きなことができるので、憧れの職業になることも出来るようだ!

美術館やコンサートホール、演劇なども充実しているらしい!

 

どんな分野においても、先人の知恵や歴史が凝縮されている作品があり、さらにもっと先を行く素晴らしい物がたくさんあるらしい。

作るための素材となるものも非常に豊富だそうだ。

 

これは、個人的にも非常に楽しみだ。

 

(霊性が低いと、物質界と瓜二つな場所に住むことになるらしいが……? そうでない場合、霊界はとても美しいところだそうだ)

 

ただ、そのために死んだりすると、おそらくカルマ的なペナルティ? を受けるであろうから、地球でやることをやってからということになる。

 

あと、地球生活が辛い人のために言っておくが、地球っていうのはそもそも地獄のようにシンドイとこらしいのだ。

これは、霊界通信ではよく言われている。

ある霊によると、地球の生活は、一番下等な生活様式だとも言っていた。

 

ただ、地球というのは、自分を偽ることが可能だ。

霊界に行くと、「考えを隠す」「嘘をつく」「素質以上に着飾る」ということは不可能になるので、(思ったことが周りに伝わるみたい)やましいことを知られたくない人は直しといたほうがいいかも。

 

他にも「実は霊が本物で、物質は生命の影のようなものにすぎない」という内容のことが書かれていたが、これについてはよくわからない。

物質とは、生命の抜け殻のようなものらしい……。

 

そして、もっとも大事であろうことを書いておく。

「愛こそが究極」だそうだ。

 

スピリチュアルに興味がある人でも、知識を自分のために使おうとする人間が多いようで、それについての言及があった。

私も、その一人だと思う。これに関しては反省しなくてはならないと思った。

 

しかし、スピリチュアルの真髄とは、出来る限り多くのものを愛し、慈悲を持ち、弱者には手を差し伸べる……ということだそうだ。

 

私も、愛というものをもっと学ばなければならないと思う。